蒼太は人ごみの中を歩いている。その小さな姿は危うげで、雑踏の中にまぎれてしまう。
星屑展覧会の夜道は明かりには事欠かないけど、一歩横道に入ると真っ暗である。
 こんな夜更けに一人で歩くのも初めての蒼太は小さな身体を振るわせつつ、
けれどもしっかりと星屑たちに目を奪われている。
 蒼太は今年で2歳。ようやく自我が目覚めたころで、ひとりで歩くのさえおぼつかない。
そんな彼がどうしてここにいるのか、未知行く人が奇妙に見守るが、それも雑踏の中に消える。
とがった両耳がさまざまな星を見るたびにぴくっとして、微笑がこぼれる人も少なくない。
 ここには、たくさんの星がある。星種もいっぱいあるし、なのに、あれだけが見当たらないのはどうしてなんだろう。
 しゃらしゃら、星たちがささやきあっているのが聞こえる。
 星屑展覧会は三日間開かれる。今日はその三日目。
 一日目は、お母さんと来た。
 二日目は、みねや草太と一緒にきた。けれども、ほしいものは見つからなかったのだ。
 みねも、声が聞ける。
 星たちの声は本当にか細くて、聞き取ることが出来る人は少ない。
 静かに聞こえてくるメロディを子守唄代わりにして育った蒼太は最近になってようやく、
星の声がほかの人たちには聞こえないことが分ってきた。
 メロディをつむぐ星はみねの友達といって、みねの部屋に眠っている。まだ物心つく前から、
不思議とそのメロディに魅かれた蒼太は、よくみねの部屋にもぐりこんでは眠っていた。
 みねは言う。
「子猫のそうた。人は一人、それぞれの星をもっているのよ。私とこの子みたいに、
きっとあんたにもめぐりあえるときが来るよ」
 蒼太はまだはっきりとその意味することがわからないけれど、あの星の子がみねにとって、
大切なものだということはわかるし、星もみねがいるときは不思議にきらきら輝いているのだ。
 兄の草太は、まったく星には興味がないので、たまにみねの言うことに首をかしげている。
みねは「草太は大丈夫」という。よくわからない。
 だから、蒼太は知りたくて。その自分だけの星という存在を知りたくて、星たちがいっぱい取引される今日ならば、
きっとその星があるんじゃないかと思って。
 だから今日もここに来たのだ。
 最初の日に来たときから、蒼太はすぐわかった。ここのほしたちは、みねの星とちがって格段に光が小さい。
奏でるメロディも小さく、意思というものを持っていない星たち。
 たまに強い光を放つものも見かけるが、それは誰かの手のひらに乗っている者たち。
 自分と対になる星の存在を知らなくても、不思議とお互い引かれあっている。
もちろん、そうじゃない組み合わせのほうが多いのもほんとうだけれども。
 女の人が、出会ったばかりの星を大事に抱えて路地へと入っていくのが見えた。
よかったね、それはうれしそうに輝いている。
 星屑展覧会もそろそろお開きの時間だ。みなそろそろ星を懐に抱え込み、
帰る準備を始めている。人ごみも、まばらになってきた。
 蒼太は結局自分の星を見つけることが出来なくて、悔しくて涙が出てきた。
草太からふだん「男は泣くもんじゃない」と言われていたから必死でこらえたけれど、
それでも涙は出てきて。
 自分の星を見つけることが出来なくて、自分はとっても一人なんだ、そう思ったのだった。
 帰路にたつひとたちの間にもまれながら、声をあげてぽろぽろ泣いていた。
 不意に、暖かい手が肩に下りてくる。
「あんた、丘の草太の弟さんじゃないのかね。どうした、迷子にでもなったか?」
 除きこんできたのは、顔中皺だらけのおばばだった。
「どうら、わしが家まで連れて行ってあげるからね」
「…おばば」
 しわくちゃの手のひらにひかれ、おばばは蒼太を引いて歩き出した。

「あんたどうして、あんなところでひとりで歩いてたんね。おっかさんはどうした?」
「一人で来た」
 おばばは背が低い。まだ子供の蒼太よりも頭ひとつ分違うくらいだ。
草太は大きいので、一緒に歩くとき、蒼太はよく上を見上げる形になる。
よく草太は、蒼太を肩車してくれる。
「そうか。…これをくいなされ」
 そういっておばばが取り出したのは大きな飴玉。口に含むと甘い。
「一人でなにをしにいったね」
「星をさがしてたんだ」
「ほう。そこら辺にごろごろしておったがの。なにかほしい特別な形でもあったのかい?」
「…おばばは、星をもってる?」
 質問を質問で返した蒼太に、おばばはそれでもいやな顔せず、懐から小さな星をだした。
 蒼太はがっかりした。
 それは幾分か強い光を発してはいたけれども、どこかおばばとは異質な光だったからだ。
「この星、おばばじゃないよ」
「この子は、.甥にあげるやつだで。わしにはあわん」
 そのとき、星が少しだけ大きくなったように見えた。
「いいなぁ」
 おばばからその星をかしてもらい、手に転がす。もちろん、心の中で星に一言断ってから。
『自分だけの星にめぐり合えたら、どんな気持ちになるの?』
 一度みねにきいた質問。
『…そうね。幸せな気持ち』
 展覧会から離れるにつれて、町並みはどんどん薄暗くなってくる。
街灯は町の中心部にしか備え付けられていないので、そのうち明かりはおばばの甥の星の光だけになった。
レンガの壁に、二人の影がまるくうつしだされる。
「わしのおじいさんの話じゃが…こんな話があっての」
 おばばの深いしわが刻み込まれた顔が、空を見上げる。星の明かりひとつなので、空は十分に見渡せた。
「あの中の青い星に住んでいたわれわれのご先祖様が、その地を離れたどり着いたのがこの地だった」
「星の中に人が住めるの?そんなの、無理だよ。こんなにちっちゃいのに」
「この手のひらに乗るような星たちはの、もともとはものすごい大きな塊の一部の部分でしかないのだ。
 とにかく、はじめて降り立ったこの地には、光がなかった。土地という土地はすべて暗闇で覆われていた。
そこで別の地にまた移動しようとしたとき、空から光が降ってきた。それはとても不安定で、
けれどもある人の手に止まると、一定に輝きを持続させることができたで、この地に移り住むことになった」
「その光って…星のこと?」
 おばばは話しながら、ずっと空を見上げている。
「その時から、己が対の星というものがある。わしのおじいさんはよく言っておった。自分の星をさがせとな。」
「自分の星を持つと、どうなるの?みねは、幸せだっていうんだ」
 おばばが突然立ち止まり、さらに空を仰いだ。あまりにのけぞるので、
蒼太はこのままおばばが倒れるんではないかと思った。
「さぁ、のう…。おじいさんはもっておったが…結局、わしには見つけられなんだ…」
「え…!?ど、どうして!」
「さぁのう。めぐり合わせが悪かったか。おかげで、ほかの人の星を見つけるのだけが
うまくなってしまったの。ほら、そのとおり」
 おばばは蒼太の手の中に納まっている星を指差した。
 星の声を聞ける人物の中でも、自分と対になる星に会えないことがあるなんて。
「淋しくなかったの?」
「淋しい…のう。確かに、そんな時もあった。けれども、わしは幸せだったからの。
家族がいて、友人がいて…。幸せだったから、自分の星にあえなくても満足してしまったんだな」
 おばばが蒼太に笑顔を向けると、それはそれは晴れやかだった。
(おばば自体が、光っているみたいだ)
 そんなおばばだから、自分の星にめぐり合えなくても、大丈夫だったのかもしれない。でも…自分は…
「僕は、不安だよ。もしかしてこのままみつけられなかったらって!とっても、怖いんだ…」
「なに、あきらめなければいいのさ。見つけられなくても、それはそれで、そのまま一生を終えることも簡単さ」
 それはいやだと、頭をふる。
「だからあきらめないで、ずっと探し続けるのさ。自分の星は必ずどこかにある。それを忘れないで―、
それでも見つけられないというならば、」
 おばばは天空を指差した。そこには、一面に広がる星空。
「ご先祖様みたいに―あの星の中にまでいって、自分の星を探してくればいいのさ」

 暗闇から、声が聞こえた。
「あ。いた!そーた!」
「みね!草太」
 とおりの奥から声。蒼太は小走りにその方向へ走っていく。家は、もうすぐそこだ。
「こら!家を抜け出して、展覧会に行ってたのか」
「よく、戻ってこれたね」
「あのおばばが連れてきてくれた」
 そういって振り向くと、そこには誰もいなかった。
 手の中にあったおばばが甥にあげるといっていた星さえ、なくなっていた。
「あれ…」
「おばば?誰だ、それ?」
 草太は小さな蒼太の身体を持ち上げると、そのまま頭にのせてくれた。
蒼太のすきな、ふさふさする髪の毛。
「おばばは草太のこと知ってるって言ってた。家まで連れてってくれるって」
「…この辺におばばなんていたかな。丘を越えた辺りいるから、今度聞いてみるかな…」
 草太は大きなあくびをした。
「ほら、帰るぞ!」
 そう言って、大股でずんずん歩き出す。蒼太も、とっても眠くなってきた。
 おおきなあくびをすると、背後からみねがそっと話しかけてきた。草太の背に届くようにちょっと背伸びして。
「みつけた?」
 頭を横にふる。あら、残念。
 蒼太は、そんなみねの顔がおかしくて、笑う。
「でも絶対見つけ出すんだ。あの、空の向こうにあったとしても、きっとだよ」
 そう言って、おばばがそうしたように、空を見上げた。