光さす交差点を、僕は眩しく見つめていた。
 ガラス一枚隔てた世界は太陽がさんさんと―…まるでその美しさをありのまま表現したかのように、午前の空気を作り出していた。
 彼女とよく待ち合わせをした、ドーナツショップ。
 窓側の席。
 いまでも、君がその戸を開けて―扉につるしてあった鈴を小さく鳴らして、せわしない足音で近づいて来るのが―自然なような気がした。そんな気がするだけだけど。
 別に、寂しいわけじゃない。
 君には悪いけど新しく他の店で待ち合わせる人も出来た。髪を肩でそろえて、くるくるとよくまわる表情がとても可愛い、君の知らない人。もうけっこうになる。
 その人も、君のことを知らないんだ。
 今日僕がこの店に入ったのは偶然で、この席に座ったのは必然。
 ウェイトレスがいつものようにコーヒーのおかわりをもってくる。

 出会ったのはいつだった?
 会いたいと切実に感じるまでにはどれくらいかかった?
 君は太陽のしたというよりはむしろ。
 月の下で笑うような人だったね。
 それでもいつも光を追い求めてた。
 コーヒーカップに注がれた熱い液体と冷たい液体が、円を描くようになじんでいく。
 それは一気に、明るく染まった世界を闇の中へとフラッシュバックさせる。
 あいた、向かいの席の先は、果てしない闇に飲み込まれてゆくように。
 交差点の向こうから、君が手を振らない。
 さえぎる君もここにいない。

 その細い肩を、月がやわらげた果てしない闇の中で抱きしめた。
 君が笑う。小さな音楽で、時に波の激しさを一身に受けて。
 足元を支えている滑らかな石より君の肌はやわらかく―
さまよう水よりも冷く―泪を流したのは、僕だった。
「宝石をありがとう」
 微笑んだのはいつも。

 …チリン…

 目の前の信号が赤から青に変わる。
 だいぶ人ごみが多くなってきた街並みが、活気を取り戻してきて、人が通り過ぎていく。
 店の窓から斜め側にあたる歩道では、青になるのを待っている人がいた。時々人影の上を車が通り過ぎていく。
 歩道(よこ)と車道(よこ)のように進む事ができていたら。いつもとなりにいたならば―――――
 あるいは。
 信号機(たて)がなかったなら――――――
 運命を共用もしたのだろうか。

 君がさえぎらない外の光は、今の僕にはまぶしいくらいだ。
 あの登場を心待ちにした交差点でさえ―僕の思いすぎだろうけれど―僕たち二人をさすように見える。
 うまくいっているようですれちがっていた。すべてわかった気になって、僕はわからずに、君は知ってて。選んだ。
 僕は今でも君の選択が許せなくなるときがある。
 どうして僕に一言言ってくれなかったのか。
 今となっては、ただの戯言か?

 …チリン…

 僕はもう振り返らなかった。
 すっかり生ぬるくなったコーヒーをゆっくりゆっくり飲む。
「おわかれだね」
 コーヒー一杯も侮れない。

 …コンコン…

 おや?
 同じサイン。君がよく、遅れたときにやってた―…そう思って、僕が顔をあげた先―
 見慣れた顔が、そこにあった。
 ガラス越しで聴こえないはずはないのに、やけに静まり返った中で、彼女の口をパクパクする音だけが聴こえた。
「     」
 僕はいつものように聞き返してた。
「―え、何―」
 にっこり。彼女が、嬉しそうに笑う。
 僕が好きな、微笑み出ない彼女の心からの笑顔、変わらない頃の。それでも、月のような。
 僕も思わず笑っていた。
 僕は―…出会った瞬間から、君に会いたかった。
 ガラス越しに手と手が触れた。それは、夜の感触だった。

 一瞬の瞬きで、もう一人の見慣れた顔が登場していた。
「ちょっと待ってて!」
 普段よりも高めの声。

 チリン

 軽快な音を立てた鈴がゆれる。
「ビックリした。偶然だね!」
 彼女は向かいに腰を下ろした。
「うん。今、会いたかったんだ。よかった。」
 ―光が漏れる。あの頃と同じような、新しい光が。太陽の光。
 今はもうだから、本当にさよなら。
 僕たちは、連れ立ってドーナツショップを出た。