暑い日ざしがふりそそぐ、この季節。
 ひんやりと冷たい水を庭にまきながら、今日は何をしようかと悩んでいた。
 今日のノルマは問題集の52ページまでと、あと小論文があるが、それは夜やればいい。(そういって、このノルマは何日目だろうか…うーん。かなりやばめだなぁ。)
 だってさ。こーんなにいい天気なのに、もったいないもの。
 じめじめとして、たっているだけで汗が流れてくるほどだけど、雲もない蒼空に誘われて、充分に満足してる。
「あら、こんにちは。」
「今日は、おばちゃん。」
 町内の智のおばさんが、片手に風呂敷を抱えてやってきた。
「花さん、いるかしら。今日は一緒にお茶をする約束なの。」
「うん。座敷で待っているから、勝手に上がっていいよ。」
「美和さん、いらっしゃい。」
 母が縁側から顔を出した。
「玄関から入らないで、こちらからあがってくださいな。」
 おばさんは庭を横切って入っていった。
「おばさん、智は?」
「今日は勉強をするっていっていたわ。ごめんなさいね、せっかくの夏休みなのに」
「ううん。私も本当はしなきゃいけない立場だもん。」
 冷たい水が、庭のもみじではなく肩先をぬらす。
「そうよ、圭もはやく勉強しなさい」
「まぁまぁ。最後の夏休みかもしれないのだし。圭ちゃん、お茶菓子たくさんあるから、あとで召し上がってね」
「うん」
「そうだ圭、セラのお散歩いってきてね」
 私はうなづいた。

 今年は最後の夏休み。かもしれない。
 高校3年で、進路を控えているからである。はやい人は高校にあがった時点で夏休みはないといっている。(私はそんなのごめんだ)
 一応、進学クラスに属しているけれど、実はまだ進路は決定していない。
 やりたい事とか決まってないしさ。大学の名は決めているけれどそれも進路希望調査があるからって適当にかいただけ。
 自分がやりたい事って何だろう?
 疑問はよく飛ぶ。けれどまだ見つかっていない。
 幼馴染みの智はもう、看護の学校に進むと決まっていて、学校も決まっていて、あとは必死に勉強して合格するだけだ。(彼女の場合普段まじめにやっているのであまり心配する必要はないだろう。本人も、そこまで必死というわけではないしなぁ。)
 さっき何をしているのか聞いてしまったけれど彼女講習を受けているんだ。だからいなくって当たり前。
 私もここにいないのが本当。
 …甘く見ているわけじゃない。ただ、不安定な進路のまま先に進みたくないなーなんて…やっぱ甘い?
 最後かもしれないといったのは、私このまま就職するかもしれないからなんだ。その方が家もいいみたいだし。(私の下にはいないが、上に2人大学生でいるし、動物もたくさんいるのだ。)  だから…なぁ。


 私がセラのお散歩でとおる道は家の裏道。
 セラはまだ一切で元気が一杯。そしてあぶなかしいので、人通りも車どおりもない一応舗装はされているけれど小径といって差し支えないような道をえらぶ。
 よくこの道、智と歩いたなぁ。
 私はこのごろよく、幼かったころの事を思い出す。
 小学校のとき何があった、中学はこうだった、幼稚園で大好きだった男の子と高校で再会した…とかなんとか。
 その中でも夏休みは私にとって特別だった。今でも変わらない。
 遠い昔の約束や―せみの音―あつさ。
 ねつ。
 こえ。懐かしい匂いがする。
 昔はこの道も舗装されてなかったなーなんて…
 ただの感傷でしょう。
 そんなのに浸っている自分って、のんきだなぁ。わはは。
 たださ、あの頃はいつもこんな感じだったんじゃないだろうか。笑って、走って、遊んで、みんなと―…。
 ふとした瞬間に、自分がそこに帰っていく。
「セラ…おまえは、まだわかんないよね―…」
 セラは最近もらってきたばかりなので、まだ記憶に新しい。そしていまはそのセラと最後の夏休みの思い出を作っている。
 確実に時は流れて、確実に私も変わっている。
 けれど今だけは、昔に還りたい。
 私はそっとつま先を地面につけてみた。

 この先は木立が続いていた。
 私はセラの鎖を持って走り出す。
 本当に今日はいい天気。
 蒼い空。
 暖かい風。
 せみの声。
 子供たちの笑い声。
 あつい―
 さっき水びたしになったTシャツがもう乾いている。かわりに、顔に汗が流れる。
「けんぱ、けんぱ、けんけんぱ!」
 子供たちの愉快な声にあわせて、私も跳ね上がった。
 こもれび色に染まった木がおとしている影と、太陽の熱がつづいているなかを、私は跳ね上がった。

 けんぱ、けんぱ、けんぱ、けんぱ、
 かげ、ひかり、かげ、ひかり、

 もっと、たとえられるものってなんだろう。
 しろやくろ。

 しろ、くろ、しろ、くろ、あか、あお、きいろサンカラー

 うん。みどりとかきいろとかにたとえてもいい。
 ささるようにあついねつと。
 ひんやりとこごえるねつ。
 交互にそれをかんじながら、まるで白雪姫の継母のように踊っているのかもしれない。

「けんぱ、けんぱ、けんけんぱ!」

 すべての木立を抜けたあと、ちょっと疲れた。
 短い距離だっていうのにこんなに汗かいて、いきもきれて。
くるしいなぁ。
 うんでも、気持ちよかったなぁ。わはは。

「あれ?」
 気がつくと、私がはいていたサンダルはそこらへんに投げてあった。
 セラの鎖も、ない。
「あれー!」
 セラは、ちょっと小さくなって、木立の向こうの光の中で私を見ていた。
 私は今走っていた道をかけ戻った。
 こんなところでセラをおいていったら、どうなるかわかったものじゃないし、(まぁ、そのうち戻ってくるだろう。セラは賢いから。悪がきどもにいじめられるのは嫌だ)かわいそうで、おまけに母上に怒られてしまうじゃないか。
「ごめんねー。セラ」
 私はセラを抱きしめた。なでこなでこしてやる。私を待っててくれたんだよー。えらいなぁ。
 セラは、まっすぐに小径をみつめたままだ。私ではなく、この小径をみつめていたらしい。いったい、何を見ているのか私には見当もつかない。仕方なしに私は強情にそこに座り込んだセラを端に連れて行って、私もその隣に座り込んだ。
 小径は少し高めにあって、町をみおろせる形になっている。
 じめじめとした風に抱かれて、せみの声がまだ続いている。
 
 なんだかなぁ。
 どーしたかね。セラちゃんは。そんなに、私を困らせたいのかね。
 いっこうに動く気配なしのセラに、すこしやきもき。
 …セラがずっとみつめている先の木立は長い時間をかけて太陽が移動して―今は、日陰も日向も先ほどとは変わってしまっている。
 変わらないのはそれがはっきりとしているくらい。
 そういえば、今あの場所に立ったら日陰の場所は冷たいのだろうか。日向はあついのだろうか。
 好奇心がわいた私はとりあえずもう一度いってみる。
 でも、中和されて丁度よくなっているんじゃないだろうか。とわたしは思うのだが…
 ほら、ちょうどいい。というか、冷たくもなくあつくもなくあえていうなら生ぬるい。
 うん。満足。……ちょっと不満かも…
さっきの日陰と日向のように、私のしたいこともはっきりと分かれていたらなぁ。って、考えていた。
 ほら、なんとなく思ったんだけれどもさ。したいこと、やりたくないこと、ハッキリしていればわかったんじゃないかと思うの。じぶんがなにをしたいかさ。
 私、あまりはっきりともの考えていないからさ。
 昔、ケーキ屋さんになりたかったとか、たわいもないことばっかそれをひきずってきたようなきがするよ。
 今何がしたいー?ってきかれて私はっきりと答えらんないよ。
 好きなことはたくさんあるよ。
 食べること。バスケットすること。(バスケ部引退したばっか。因みに、補欠だった…)あとは寝ること。etc、etc…
 それがいつまでもしたいことであるわけでもなし。
 仕事、勉強。
 うーん。(あえていうなら、古文かなぁ…)

 私はセラの鎖を握った。
「セラ、もう行こうー」
 セラはてこでも動かない。ちぇ。犬は買主に似るというけれど、それはうそだなぁ。だって、私こんなに強情じゃないもん。
「仕方ないから、もうちょっとだけ付き合ってあげるよ。」
 
 気持ちって、混ざり合うものかな…

「圭!」
「智。」
 そのうちに、講習がえりの智があらわれた。私は、思わず正座してスカートの中に素足を隠した。
「また今日も休んだのね。ダメじゃないいいかげんでないと。」
 まっしろいセーラー服が清潔さをかもし出している。
「別にいいんだもん」
「あ、またはだしで出歩いて」
 私の足元を目ざとく発見した彼女は、とがめるようにいった。
「またって、もう久しぶりになるもの。…5年ぶりくらい…」
「あんた昔からはだしが好きだったわねー。こうしてみるのは久しぶり。あ、もうちょっとそっちにいって。」
 といって、私の横に大幅に足を広げて座った。おいおい。君スカートでしょうが。
「いいのよ。スパッツはいてるし。」
 私たちはスマートな木のかげにぴったりと二人入り込んだ。
 すっと、智が動いたかと思うと、彼女は靴下を脱ぎだしたではないか。
「智!」
「いいのよ。ひさしぶりだし。」
「…」
 それ以上、言うことはなくなってしまった。何故か智も町を見詰めていた。

 こうして、ぼーっとしてて。
 セラは何を見ているのだろう。
 智は、何を考えているのかな。
 私は―これからどうしょうかなって考えてる。ことにしておこう。
 まだやっぱり先は見えないの。
 好きなものはたくさんあったし、嫌いなものもたくさんあった。
 けれど、今こうしている中で、それがいったいなんだというんだろう。(やっぱりこれは逃げっぽいけれどもさ。)
 そんなちっぽけなことは、そう、この町みたい。
 この町であつさがつくりあげる蜃気楼のように儚げで、遠い。
 いまはまだ遠い。いま、は―

 風が変わりはじめた頃、ようやくセラは動いてくれた。
 セラが見ていたものってなんだろう。よくわからないや。
 あー。帰ったら、今日こそ本当に勉強しよう。といってしないだろうなぁ。課題も見つけなきゃなぁ。
「智、かーえろ。」
「ええ。」
「何を見てたの。」
 ししし。
 うわー、なに?智は擬態語をつけながら笑ってきた。…不気味だ。
「海に行こう。」
「はぁ?今から!?」
「とりあえず、今ヒマだし。」
「もう夕方になるって!」
「いいのよ。だいじょうぶだいじょうぶ。さぁ。レッツゴー!」
 えー、って私は言ったけれど、嬉しくないはずなかったんだ。だって、正直私昔の事ばっか思い出してて寂しかったんだ。けれど、それを正直に言ったら馬鹿にされるからさ。
「…わかった。その前に、セラを家に置いてくるから。」
 智は笑って私を見送る。私たちは、20分後に智の家で待ち合わせする事にした。
「そうだ圭。」
 去り際、
「私だって、迷ったんだから、ね」
 私のことなどお見通しよという顔でそう告げた。

 なんだか智にはすべてお見通しなのでしょうか…。
 嘘ついたらばれるし。私がどこにいるのかいつも当てるし。はっきりいって怖いよあなた。
 愛すべき友人である智は、何だかんだいって私のことを理解してくれているのだ…
 幸福だなぁ。
 智はすごくかっこいいと私は思う。今まで、いろんなことを潔くやってきたのを、わたしは知っている。進路を決めたときだって、「私看護婦になる」そうすっぱり言って、その後弱音は絶対にはかなかったもんね。
 そんな智も、迷ったの?
 それでも、見つけたんだね。ほら、だからさ。
 きっと、大丈夫だよ!

「かあさーん、智と遊んでくる!」
 庭先でセラをつないで、縁側から声を怒鳴らせた。
 すでにもう夕刻。
 太陽は傾き始め。
 美和おばさんの靴はすでにない。
 お座敷に、今日おばさんが持ってきたお菓子がならんでいたので、両足をつけないようにしてそっとひじで乗り込んだ。イチゴ大福〜へへへ。大好物なーんだ。
 智がえらんだのかな、このお菓子。
 そうして幸せに浸っていると、
「け〜い〜」
 はっ。
 私の頭上に怒りの影が。
「おぎょうぎがわるいでしょー!」
 私は、走って家を飛び出した。
 家から、夕飯のカレーの匂いがする。今日はいいことだらけかな。