夜空を眺めていた。星がいっぱいあるのだろうけれど、目が悪くてよく見えない。遠くに映る町の灯がきらきらして、まるで宝石箱の中に詰まったビーダマみたいだ。

 昇降口の4階。もう大学内は誰もいない。誰もくるはずがない。
 真夜中で、お酒を用意して。お盆なんかでお猪口も百均でそろえたりなんかして、お酒は上等。沖縄の田舎からもってきた、古い自家製あわもり。
 気持ちもよくなり、口も饒舌を極める。歌なんか歌ったりなんかして。
 BGMはどこかのへたっぴなサークルがつとめてくれるだろう。
「だからあたしはそんなにかわいくなくってやさしくもなくて、むぅぅぅぅねもちいさいわよね。きょうみたあのしょうせつゆるせないわよ、きいてくれる?ふたりぐみのしゅじんこうでおんなどうしのおさななじみなんだけれどすごいかわいくて、ふたりどうじにおんなじひとをすきになったり・・・かぁわーい!なーんておもってたらいきなり変な鬼?みたいのになっちゃてもうひとりたべて好きな人にたいじされちゃったり・・・!ひどいよぉぉぉ!でもねーそれでよくよく後ろの作品紹介を見てみたら。外伝一!とかかいてあったりしたんだよ。最低だよねよく考えてかえってかんじがっし、ひく、ちゃったわよ、ねぇ、いったいなにやってんの?人の話聞こえてる?」
 あたりには、誰もいるはずがない。
「聞いてないの?そう」
 そんあことわかっているんだけれどもね。
 体がどんどん沈んできて、知らない間にパンツくらいまでスカートが上がってくる。まぁ。誰がいるわけでもない。一番最上階だから見えるはずもない。動くのも大儀だ。えーい、そのままにしてしまえ。私のおへそなんかみても、食べられるわけじゃない。
 しだいには寝転ぶ形になっている。
「今日、だからあたしは酒を飲んでいるんだからねぇ。」
 鬱憤晴らしにはどんな話題でもどんな遊びでも、好きなことをすればいいのだ。たまには友達に手伝ったりしてもらうけれど。
 下から、何人かの声が聞こえてくる。終電の話なんかしてる。そうか、帰るのか。今まで残っていたのか。
「誰かー!おーい!」
 寝転がったかっこで、それが誰かなんてどうでもいい、さけんでやった。誰かくるか?きてほしいな。やっぱ一人は寂しい。
 きてほしくないな。こんな馬鹿みたいにのむ自分は見られたくない。
 けれどのむなら部屋でやれって?そういうわけにもいかない。
 誰かにきてほしくなるからこそ救難信号っていうものをわざとらしく出すんじゃないか。くそっつ。
 歌ってやる!!
「あ〜おい、さんみゃ〜く」
 ろくな歌さえ思い浮かばないし、ああ、私の頭は急転直下で下がっていくみたいね。
 自分がさめちゃったじゃないか。
 ふと、そこに階段を上る音。
「いたー」
「おお」
 おお、心の友、まいらばー、って、あんた誰だっけ
 そいつはまっすぐに私を見下ろしてきた。は。
「おーのー!」
 とかいつつ私は馬鹿みたいに座りなおす。
「ちくしょう、みたなこのやろう。」
「よかったのにそのままでも」
「あんた誰?」<
「僕?赤紙だよ、坂下 要さん」
「私のこと、知っているの?」
 しってる。
 そういって、彼は足元に転がっているビール缶、あいているビール缶を探し出してくちつけた。
「これ全部一人で飲んだのか」
 感想がもれた。私は得意げにふふふんと鼻を鳴らす。
「いがいだね。ぜんぜん、お酒飲まないふうなのに」
「そう、私はまじめなの」
 ぜんぜん知らない人だった。けれど、彼は私を知っているふうであった。それが居心地のよい雰囲気。ああ、このひと、きれいな目をしている。きれいな鼻をしている。
 そしてなにもいわずにビールをのむ。
 なんてきれいなひとなんてすてきなひと。
 それだけで、何かがこの空間の中に広がったような気がした。
 私は日ごろの鬱憤をそいつに話しまくった。なんてことない鬱憤は話の種。種は花をつける。そして枯れる。
 そうして、何百本もの花が咲いては消えた。ほとんど私が種をまいたもの。
 そして最後に私はそれをいってみた。
「今この昇降口、花びらでいっぱいね。花束でも抱えきれないほどじゃないかと思うの。」
「いいね」
「色とりどりもいいわね。ピンク、カーネーション、バラ、かすみそう、スイーピー、ゆり、まぁ名前なんか知ったこっちゃないけれどもさ。」
「じゃあ。僕が赤いバラの花束をプレゼントするよ」
 そのとき彼が、じっと私を見詰めた。
 え?え?なぜ?どうして知っているの
「知っているの?どうして知っているの?」
「知らないよ。君が、恋人に誕生日に年の数だけ赤ばらの花束をもらうのが夢で、今日がその日だったこと?」
「そう。しっているじゃない。すごいわ。すべてあたってる。まるでマジシャンね」
「マジシャン?じゃぁ、ついでにこんなのはどう?」
 彼は立ち上がり、指を鳴らした。
 ぱちん。あぁ、いい音。
 そう思った瞬間、昇降口が本当に花でいっぱいになった。
 赤いバラ。ご丁寧にも、すべてとげがないのだ。ばらのベットが作れる。
「きゃぁ。つぶれちゃうわ。」
「気に入ったかい?」
 いくらか束ねて、彼が私に渡してくる。もちろん、私は不満たらたら。
「ひどいわ。私、こんなにおばぁちゃんじゃないのに」


 それは、夢だったのかしら?
 おきたらもう、そこには花なんてなくなっていた。ひどく冷え込んで、くしゃみをした。
 けれど不思議なことに、マジシャンはそのままそこにいたのだ。
 上着のジャケットを私にかぶせて、Tシャツ一枚で、なんて寒そう。
 そして私は何でその背に負ぶわれているの?
 彼は私がおきたことになんて、ぜんぜん気がついていなかったみたいだった。
 駅へと続く坂道を、ゆっくりとおりていった。静かな帰り道。空は、まだラベンダーにもなっていない。
 町のほんの少しの明かりが、藍色の空の中に泳いでいる。
 すこしずつ、明るくなっていくのがわかる。
「あけるわ」
 彼は歩いているのでおきているけれど、何もいわなかった。
 私は確信する。
「今日は、きっといい日になるわね。」