風の隙間に見え隠れする 1

 冬は早々と終わり、雪解け水が細く川を作り出すころ。
 ふきの芽が小さく顔を出し、道路わきの土手におたまじゃくしが孵るころ。
 風が桜をのせて、たくさんの人でにぎわう”大路地”の頭をかすめていく。
 ふと、ビラ配りの手をとめてその桜に見入る。
 4月。
 滝高さんは、二年生になった。
「こぉら、たきたか、仕事を忘れなーい」
 友人の声にふと我を思い出した滝高さんは、
初々しいスーツ姿の魚たちの群れをくらげのようにおいかける。
 大きなひとつの流れとなって歩く列を追いかけながら、
隣にいる「千歳」がしきりにビラの数を減らしていく。千歳はこういう仕事をしたことがある、
と、滝高さんは聞いたことがあった。見事な手つきだ。
 彼女はちょうど一年前この大学の入学式で、親しくなってから、
ずっと付き合いがある友人である。今配っているこのビラも、千歳を経由して知り、入った。
 「山岳部」。
 これまで、富士山や南アルプスなどの山を登った。
 初めて山登りしたときのことが、克明に脳裏によみがえりそうになったけれども、
千歳が再びにらんできのでやめた。
 それに。
 こんなに春のにおいがしているので。
 大学で“大路地”と呼ばれているここは空こそ渡り廊下に阻まれて、
まっすぐ見つめることはできないけれど、少し離れた空き地からこぼれた風が
緑の萌えるにおいを運んでくる。
 …ほんの少し、胸が痛んで。
 ふと、斜めに望んだ空が大きな人影に阻まれる。
 その影はスーツ姿からひとつ頭がぬきんでていた。
 くたびれた私服を着て、在校生か、とも思ったが、
抱えている学校の新しいパンフレットが目に付いた。
「危ないよ!」
 ふと、人並みが横に広がりだし、気がつけば滝高さんの目の前にはスーツが迫っていた。
 千歳の忠告により、一歩後ろに引き下がった滝高さん。
 視線を戻すと、その人影をもう見失っていた。